令和2年1月 

筍楓会会長  豊島 光裕 

  明けましておめでとうございます。
  筍楓会会員の皆さまにおかれましては、お健やかに新年を迎えられた こと、誠におめでたくお慶び申し上げます。

  私が10代目の会長として、その任を引き受けさせて頂いてから、早や3か月が過ぎようとしております。 改めて「 筍楓会 」の歴史を振り返ってみますと、現在もこのように活動できておりますのは、昭和30年発足時の13名の諸先輩の皆さま始め、歴代の会長の皆さま、そして会員諸先輩のご努力があったからこそと感謝の念にたえません。現在は781名(令和元年9月末現在)の会員数になり、その会長として身の引き締まる思いであります。どうか会員の皆さまには本会の運営に引き続きご協力をお願い申し上げます。
 
 さて、昨年は年号が平成から令和に変わりました。新元号「令和」は皆さまもご存
 じのように出典元は万葉集「梅花の歌」三十二首の序文であります。

  初春(しょしゅん)
令月(れいげつ)にして  気淑(きよ)風和(かぜやわ)らぎ
  梅は鏡前(きょうぜん)()(ひら)き  蘭は珮後(はいご)(こう)(かお)らす


 「時あたかも新春の好き月(よきつき)、空気は美しく風はやわらかに、梅は美女
 の鏡の前に装う白粉(おしろい)のごとく白く咲き、蘭は身を飾った香の如きかお
 りをただよわせている」(「令和」を考案したとみられる中西進さんの昭和59年の
 著書「萬葉集 全訳注 原文付」の中での訳)
  当時、大宰府の長官を務めておりました大伴旅人の邸宅で開かれた「梅花の宴」で
 詠まれた句だそうでありますが、その邸宅は現在の太宰府天満宮から南西に2q程
 の所にある「坂本八幡宮」付近とされており、その「坂本八幡宮」は普段20人位の
 参拝者が、令和に変わった5月1日には約15,000人も訪れたそうであります。
  私も是非訪れてみたいと思いますし、皆さまも一度訪れてみては如何でしょうか。
  「令和」について首相談話では
  「厳しい寒さの後に春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように、一人ひとり
 の日本人が、明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる。
 そうした日本でありたい、との願いを込め、「令和」に決定いたしました。」
  とあります。
  令和として初めての新年を迎えましたが、寒い日が続いております。首相談話の
 ごとく、この後に必ず春が参ります。特に私共、北国に暮らして居るものにとって
 は、厳しい寒さを乗り越えたからこそ春の訪れが素晴らしいものに感じます。明日
 への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができるよう、今年も元気
 にお過ごしください。
  会員の皆さまにとりましても、今年も安泰な1年となりますようお祈り申し上げ、
 新年のご挨拶とさせていただきます。
 

(C)2009 Junpukai All Right Reserved 筍楓会ホームページ